歌舞伎は誰でも楽しめるものなのです/「NINAGAWA十二夜」


歌舞伎を観に行ったことはあまり多くありません。俳優で知っているのは松本幸四郎市川染五郎親子や、中村勘三郎勘太郎七之助親子といった、歌舞伎以外でも活躍している人たちくらいです。今回の主役である尾上菊五郎菊之助親子となると、富司純子寺島しのぶ親子なら知ってるけど・・・、という程度だったりします。


そんな自分でも七月大歌舞伎「NINAGAWA十二夜」はたっぷりと楽しめました。ただいま夏休み中なので、金曜日のマチネで観劇。当日券で2等席を購入したものの、残念ながら席は2階の一番奥。これだと1階の花道は見えません。まあ、しょうがないか、とあきらめてました。


幕が上がったばかりのオープニングは必見です。絶対間に合うように行くべし。客席から「おおおお〜〜〜」ってどよめきがあがります。


それほど足を運ばない歌舞伎座に、なぜ足を運んだか。それは、蜷川幸雄が演出する歌舞伎、というものを観てみたかったからです。しかも演目はお得意のシェークスピア戯曲を歌舞伎用に書き換えたもの。シェークスピアにあまり興味はないんですが、蜷川さんの作品は8月にも観に行く予定なので、その下準備(?)といったところでしょうか。


いやあ、それにしても笑いました。「十二夜」は喜劇なので、まったく堅苦しくなく、事前の知識がなくてもふつうに楽しめます。そして、それぞれの場面を彩る美しい舞台装置に、魅力的な役者たち。歌舞伎って敷居の高いものではないのだ、と改めて実感しました。行ったことのない人は、ぜひ恐れずに行ってみてほしいです。料金はかなり敷居が高いことがありますが。


あと、自分なりにとくに気に入った&気になった感想です。

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松本人志、新たなオモチャを手に入れる/「大日本人」


ひょんなことから、2日連続で映画を見ることに。時間と映画館が限られていたので、そのなかでなんとなく見そびれていた「大日本人」に挑んでみました。公開して1ヶ月以上、ということはそろそろ上演終了になりそうな時期でもあるし。


あえて『挑む』という表現を使ったのは、映画に関するいろいろな宣伝を見ていて、果たして理解できるような内容なのかどうか不安だったからです。とどのつまりは、あまり期待していませんでした。で、どうだったか。


う〜ん、つまんなかったといえばつまんないし、かといって笑えないわけでもないし。なんとも中途半端な作品です。いろいろメッセージが込められているけれど、考えさせられるものでもないし。


いや、世の中に対していろいろ皮肉っていて、考えるべき内容だったりするんですけど、でも考える気が起きない。そういうエネルギーを与えてくれるような映画ではない。


少なくとも自分にとって、これはエンターテイメントではないです。じゃあ、何なんだろう。松本人志の作品、としか言いようがないのかも。新しいオモチャを手に入れて、好きなように遊んでいる感じはします。


以下ネタばれあり。

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映画か舞台か、それが問題だ/「キサラギ」

自殺したアイドル・如月ミキの一周忌
ファンサイトで知り合った、男、5人
その部屋で事件は起こる・・・


キサラギバナー


オフィシャルサイト(http://kisaragi-movie.com/)からの宣伝文句ですが、これを見たとき、なんちゅー設定なんじゃい! と思いました。


一幕物の映画ということで、舞台好きの友人たちに薦められて見に行ってみました。出演者も香川照之、ユースケサンタマリア、塚地武雅と芸達者が集まっていて、期待してました(すんません、小栗旬小出恵介は名前だけは知っているけど、という状態でした)。「社長放浪記」を観たばかりの自分にとっては、舞台と映画で続けざまに一幕物を見るという珍しい体験です。


いやあ、それにしても面白かった。笑いあり、謎解きあり、そして・・・。二転三転四転の展開は、ときどきその設定はちょっとムチャじゃない?という思いが頭をかすめることもあるけど、多少無理があっても役者の演技でそんなモヤモヤを払拭してしまう。これで1800円は安い! ぜひとも見るべし!


そのまんま舞台化できる内容。となると、映画でやる意味があるのでしょうか。


最近ときどき思うんですが、人気役者が出演する舞台作品はチケット争奪戦が必死です。でも、映画ならその心配はないし、チケットの値段は断然安い。もちろん舞台にはライブの良さがありますけど、せっかく手に入れたチケットの日に突然都合が悪くなったりすることだってある。総合すると、どうしても映画のほうがコストパフォーマンス高い気がします。


といったところでネットでいろいろ調べていたら、やっぱりこの脚本、もともとは舞台だったんですねー。納得。


以下ちょっとネタばれありです。

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アル中と愛を赤裸々に綴る/「酔いがさめたら、うちに帰ろう」鴨志田穣


白シャツに赤ら顔の装丁。爪楊枝をくわえたシャイでクールな鴨ちゃんの似顔絵だ。じわじわとインパクトのあるこの絵は、いったい誰が書いたんだろう。サイバラの絵じゃないしなー、と思ってページをめくってみたら、なんとリリー・フランキーだった。渋い。


酔いがさめたら、うちに帰ろう。

酔いがさめたら、うちに帰ろう。


この本の最後には、テレビではよく見かけるあのフレーズが書いてあった。

この物語はフィクションです。

でも、読者は勝手に想像してしまう。鴨ちゃんの元妻といえば、西原理恵子さんである。この小説のなかでも「元妻」がたびたび登場するが、読者は頭のなかで勝手に「サイバラ」に変換した映像を思い浮かべているはず。少なくとも自分はそうだった。


話は、アルコール中毒患者の主人公が、酒を飲んでいるところから始まる。起きぬけのだるさをごまかすために、まず飲む。そのまま、食事もまともに食わずに飲む。内臓が壊れているので排泄に支障をきたしても「まあ、なんとかなるさ」の精神で飲む。朝から晩まで気絶するまで飲みつづける。それも毎日。あまりに激烈で、痛々しすぎる描写。なぜそこまでして飲まねばならんのだ。


主人公は食道静脈瘤破裂で10回の吐血を経験している。病院に運び込まれると、医者によく生きていられますね、と驚かれる。次飲んだら死にますよ、といつも言われる。それでも飲みつづける。というより、つい飲んでしまう。


そんな息子と同居しているお母さんが心配する姿が、これまた痛々しいことこのうえない。心配の仕方が自分の母親と同じで、自分はアル中じゃないけれど、つい感情移入してしまう。血を吐いてトイレで倒れている息子を発見すると、悲鳴をあげつつも、電話で救急車を呼び、テキパキと入院の用意をする。母は偉大だ。


これまで自分はアル中に対して、偏見があったかもしれない。酒ぐらい我慢できない人間って、とても弱い人間なんだなあ、と。でも、これは病気なんだ。本当に病気なんだ。それを強く思った。


鴨ちゃんが描き出す登場人物は、変わった人が多いのだけど、温かみのある視線で綴られている感じがする。精神病棟とアルコール病棟の患者の描写は生き生きとしていて、前者は女性が多く、後者は男ばかり。病院食のカレーを食べさせてもらえなくて、不貞腐れる主人公なんてのもかわいいじゃないですか。


カウンセリングを担当する女医の衣田女史が印象に残った。1度会ってみたいな。読み続けながら、カウンセリングの時間をつい待ち焦がれてしまった。その点は、主人公と同化していたかも。


退院が近くなるとアル中患者が体験発表という名の、自分史を語る場があるのだそうだ。夜中に目が覚めて眠れなくなった主人公に対して、同じ患者で退院間近の「鼻血さん」が翌日に控えた体験発表のためリハーサルをするシーン。そこで語られる彼の人生は、ドラマよりもドラマチックな話だった。


そして、そのすぐあとに主人公にも衝撃的な事実が明らかになる。

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神経症患者*1と精神科医のおもしろ対談/「香山リカのきょうの不健康」

【香山】 どんな症状ですか?
【高橋】 あのころ、けっこうひどかったですね。ミカ・バンドのころだったけれども、目が見えなくなったりするんです。それでドームに入っちゃったような−−−話していると、またなりそうだな(笑)。
 要するに、すごい強迫観念があって、おきまりの、身体中いろいろなところが悪いような気がして、いろいろな病院に行って全部検査して、どこも悪くない。それでも、「絶対どこか悪い」と言って医学書を読みあさり、最後は脳腫瘍だと思って、それも全然何ともなくて。
 何で治ったのか、とにかくしばらくの間、完治したんですよ。


精神科医香山リカが、3人の神経症患者からそれぞれの病気について聞き出した本。その患者というのが、鈴木慶一高橋幸宏大槻ケンヂという有名人であるところが異色です。


鈴木慶一のことはあまりよく知らないのですが、大槻ケンヂはテレビで見ていて「この人あぶないなあ」と思ったことがあります。言ってることがかなり怪しい人のそれで、一時期小説を書いていたから、それで少しは発散されるのかと思ったら、この本を読むとそうでもなかったらしい。


ところで、冒頭のやりとりは、高橋幸宏が十九歳のころの症状について語った部分。ユキヒロが神経症だという話は聞いたことがあったけれど、具体的にどんな感じなのかについては知らなかったので、そんなに重症だったんだと知ってびっくり。とても、キリンラガーのCMでヅラかぶっている人とは思えない(笑)。


最後に、香山リカが自分自身について分析を試みているところが、この本の圧巻。彼女は「目に見えるような神経症の症状は何ももっていない」そうですが、過去のトラウマから虫が嫌いで、それについて精神科医の視点から考察を加えている。編集者との対談形式になっているんですが、話している内容が専門的でちっともわからない。でも、なんだか面白い。


「私は人類の幸福のために生きたい」と考えていた少女時代から、サバンナでピューマが鹿を食い殺す映像があるようなアフリカのドキュメンタリーを見て挫折。「決まりきった気象や天体観測をしてデータをどこかに送るような生活をしたい」から理学部を目指し、それも失敗して医学部に合格。ある意味波乱の人生について、語り倒してくれています。


なんとなく自分の知り合いに似ていて、その人を頭に思い浮かべながら読んでしまいました。


この本が発売されたのは1996年6月。対談そのものは、1994年末から1995年半ばにかけて行われました。それから10年以上がたちます。この4人が、いまどんな精神状態なのか、ちょっと気になるところではあります。


香山リカのきょうの不健康

香山リカのきょうの不健康

鴨ちゃん、安らかに/「鳥頭紀行ジャングル編」西原理恵子×勝谷誠彦


はてなの検索ワードのトップに「鴨志田穣」とあったので、はてはて? と疑問が沸いた。だって、サイバラの元夫である鴨ちゃんがネタになることなんて、世の中一般的にはそんな多くはないだろうから。


いったい何があったんだろう。事件でも起こしたのかな。そんな想像をしながらリンクをたどってみて、衝撃の事実にたどりつく。

2007年3月20日午前5時、腎臓がんで死去、42歳。


・・・鴨ちゃんが死んじゃった? なんで? アルコール中毒が原因でサイバラと別れて、それを克服して、いまはまたヨリを戻していたらしいのに。


サイバラのサイト「鳥頭の城」(http://www.toriatama.net/)を見に行くと、以下の告知があった。

2007年3月20日午前5時、
鴨志田穣は永眠しました。
腎臓がんでした。
葬儀・告別式は密葬ですが、
後日、どなたもお越しいただける
「お別れの会」を開く予定です。
挨拶に寄ってくだされば幸いです。

喪主・西原理恵子


やっとアル中を克服させたというのに。これから2人の子供と、新たな生活を送れるはずだったろうに。サイバラのマンガには、自分の過去のエピソードを綴っていることがよくあるけれど、そこにはいろんな死も描かれている。そのどれよりも、悲しいだろうし、悔しいのではないか。勝手に心中を想像したところで、彼女自身の悲しさははかり知れないほど深いに違いない。


本棚から、2人が出会ったアマゾン旅行の顛末記「鳥頭紀行〜ジャングル編」を取り出してみた。いまやコラムニストとしてだけでなく、コメンテーターや小説家としても大活躍の勝谷さんことかっちゃんが冒頭で、こんなことを綴っている。

 それは、私は鼻クソほどは覚えている、タイ・バンコクの屋台での出来事であったのです。

(中略)

 鴨志田穣―――鴨ちゃん。後に、地位が下落してただの鴨―――。カメラマンを志してアジアへ飛び出したものの、着いたその日に機材をごっそり盗まれて、あとはただの写真乞食。インドでヤク中になっていたところを、私の知り合いのジャーナリストに拾われて、今はそこに寄宿しているのです。ただ、酒までは恵んでもらえないので、こうして私はバンコクにくるたびに呼び出しては、おごってあげていたのです。
 ああ、天も泣け。地も叫べ。誰が予想するでしょう。この鴨ちゃんもアマゾンへ行くことになるとは・・・。それだけではない。後にサイバラと正式に結婚し、今この瞬間もサイバラ御殿で、優雅な極楽生活を送っているとは・・・。
 この出会いを、二人ともほとんど覚えていないという。二度と、会うことすらなかろうと思っていたという。しかし、運命の女神、いや、悪魔は、そんなに甘くはなかったのです。


そんなドラマのような出会いをした二人が、いままたドラマのように別れていく。事実は小説よりも奇なり。サイバラの場合は、漫画よりも奇なりというべきか。しばらく休筆するようですが、元気になったらまた描いてほしいです。


鴨ちゃんのご冥福をお祈りします。


鳥頭紀行―ジャングル編

鳥頭紀行―ジャングル編