鮭の想い出


小学生のころ、切手を集めるのが流行った時期がありました。封筒に貼られた使用済みの切手を切り取り、水に浮かべておくとやがてペロンと剥がれる。コレクターなりたてのときはとにかく数を増やしたいので、親から手当たり次第古い手紙をもらって、ペロンペロンとやってました。


使用済み切手だけでは飽き足らず、新しい切手にも興味がわくように。使わないでしまわれていた昔のお年玉記念切手とかタンスの奥から掘り出したり。そのうち親が発売したての記念切手を買ってくれるようになり、数はグンと増え、いまでも実家に行けば3冊くらいの収集本があるはず。3冊ぽっちでコレクターとは言えないですけど。


図柄はシンプルなものから、かなり凝ったものまで。でも、切手が好きかというよりは、集めることそのものが好きな少年でした。


そんななかに、いまだに図柄を鮮明に記憶している切手があります。


鮭の半身。半身といっても、半分に切られているのではなくて、あたかも猫に食べられたかのように上半分だけ身がなくて、骨が見えている。そうか、半身というのも正確じゃなくて、上半分のそのまた半分だから4分の1身なんだけど、まあ、きれいな食べっぷり。いや、じつのところ食べられたんじゃなくて、さばかれただけなんでしょうけど。


こんなのが絵なの? 正直、そう思った記憶があります。鮭は、口に通された麻ひもで頭から吊るされ、骨の間から真っ赤な身が見える。その姿は、小さいころの自分にとってちょっとグロテスクでさえありました。


近代日本美術シリーズと題されたうちの1つだったその切手は、高橋由一という画家の作品。他の作品よりも強烈なインパクトをもって、自分の脳内に叩き込まれたのでした。でも、つい最近までそんなことはすっかり忘れていたのです。昔の想い出とともに、記憶が鮮明に蘇ってきたのは、電車の中吊りで見覚えのある鮭の絵を見たとき。それはNHK日曜美術館30年展の広告でした。


というわけで鮭見たさに、いざ展覧会会場の東京藝術大学へ。実物は、入り口のすぐそばにありました。


実際に見てまずびっくりしたのは、意外と大きいこと。自分の身長と同じくらいの高さなのです。切手のイメージがあったから、もっと小さくて机の上に乗るくらいかと思っていた。テレビに出ているタレントの実物を見てみると、想像以上に背が高くてびっくりするみたいな感じでしょうか。


それから、写真ではたいてい赤身が鮮やかですが、実際はそれほどの明るさはなく、どちらかというと暗めのトーン。部屋のなかの光の当たり具合とかが関係あるのかもしれませんが、魚の活きはあまりよろしくありませんでした。


さらに注目すべきは、この絵の制作年。1877年ごろ、すなわち、西南戦争のころの作品なのだそうです。てっきり昭和ののんびりした戦後に描かれたものと思っていたので、晴天の霹靂。西郷隆盛が「もう、ここらでよか」と言って刀を手に取っているとき、高橋由一は筆を手に取っていたのかもしれないのです。


彼は日本における油絵を習得した洋画家の走りでもあるとか。たしかに江戸時代が終わったばかりのこの時期、それまでは日本画が全盛だったでしょうから、油絵を描く人なんてほとんどいない。いまでいえば、最先端を行く前衛画家というところでしょうか。


鮭ばかりの感想になりましたが、展覧会はもちろん他の作品もいろいろあって、なかなか面白かったです。お客さんの年齢層は高めでした。NHKの番組だからかもしれません。


鮭は東京藝術大学の収蔵品なので、ひょっとしたら常設展示していそう。機会があれば、もう一度じっくり見てみたいです。