一生下積むことが、ぼくの仕事なんですよ/「現場者」大杉漣


大杉漣さんといえば、北野武監督の「ソナチネ」のオーディションで、監督とほんの一瞬だけ顔を会わせただけなのに合格したというエピソードは知っていたけれど、いつから役者をやっていたのかとか、素顔はどんな人なのかとか、そういうのは全然知りませんでした。


おそらく「HANA-BI」でブルーリボン賞を受賞したときだと思いますが、大杉さんはこう挨拶したとか。「ピンクリボン賞とブルーリボン賞の両方を取ったことがあるのは、おそらく僕ぐらいのものでしょう」。ピンクリボン賞というのは、ピンク映画界で優秀だった作品や出演者に贈られる賞で、つまりはブルーリボン賞のパロディなんですが、それを堂々と公言する大杉さんの姿に、「この人好きかも!」って思ったのでした。


そして、たまたまオフィシャルサイト(http://www.renosugi.com/index.html)で受賞歴のところを眺めていたら、こんな記述を発見。

受賞歴

1984年 第5回ピンクリボン賞主演男優賞


・・・うわあ、この人オフィシャルサイトでも主張してる! いったいこれまでどんな俳優人生を送ってきたのだろう。俳優・大杉漣に、俄然興味が沸いた瞬間でした。


この本は、大杉さんのこれまでが面白おかしく綴られています。転形劇場という劇団に所属して15年、その途中にピンク映画に出演、Vシネマやテレビドラマのちょい役を経て、40歳で北野監督作品との出会い、その後の超多忙生活に至るまで、ほんとに激動のドラマです。本人の一代記を映像でやってみてもかなり面白いはず。


ソナチネ」では、北野監督演じるヤクザの子分である片桐という役。映画のストーリーは東京編と沖縄編に分かれていて、片桐は東京編のみ出演の予定だったところに、こんなエピソードがあったそうです。

そのシーンの撮影が終わった後、北野監督がそばに来てポツリと言った。
「片桐、沖縄に行くことになるんだよなあ」
本当は、片桐は東京に残るという設定で、ぼくはその日で撮影が終了するはずだった。しかし、監督に「行くことになるんだよなあ」と言われると、不思議と「そうか、行くことになるんだ」という気になる。すぐに所属事務所に電話して、その後に入っていた仕事を調整してもらう。

監督がかなり大杉さんを気に入っていたことが伝わる話です。ここから俳優・大杉漣は本人が望むと望まざると、メジャーな存在への道を歩き始めたのでしょう。


ソナチネ」に出演するまでにもたくさんの映画に出ていた大杉さんですが、その撮影のときの裏話がたくさん出てきますが、これが全部面白くて、全部見たくなってしまいます。

  • 井筒和幸監督の「ガキ帝国」(1981年)で、低予算のため出番で4分間しかフィルムが残っていなくて、NGなしの1発勝負のアドリブ演技をかまして、スタッフの爆笑をとった
  • 周防正行監督の「変態家族・兄貴の嫁さん(お嫁さん日和)」(1984年)で、32歳なのに60歳くらいのおじいさんを演じた(しかもピンク映画なのに小津安二郎監督作品へのオマージュになっているらしい)
  • 竹中直人監督の「無能の人」(1991年)で古本屋の主人役、演ずることをあえて何もしないことの難しさを知った
  • 崔洋一監督の「犬、走る DOG RACE」(1998年)で、本当の廃液に漬けられて、死にそうになった


本当はもっともっとたくさんの映画の話が満載なのですが、とてもここでは書ききれません。なにしろ、出演作品はこの本が出版された2002年の時点で300以上なのだそうで、この本にだって収まりきれてないでしょう。


さらに、大注目の記述を見つけてしまいました。ひとりでニタニタしてしまうような話です。

「Har'G KEITELS」と書いて、ハージーカイテルズと読む。田口トモロヲくんとぼくのユニットの名前だ。トモロヲくんは大事な友人のひとり。『さわこの恋』(1990年、廣木隆一監督)という映画の現場で始めて出会ったのだが、お互いすでに顔は知っており、目があった瞬間から『ああ!』みたいな感じがあった。同じ類の人間であるにおいがしていたのかもしれない。すーっと、打ちとけあった。

田口トモロヲさんは、大杉さんと同じくらい興味のある俳優です。その2人が出演しているというので、「ラマン」という映画を観にいったことがあるんですが、そのときの監督がまさにこの廣木監督でした。

トモロヲくんは、普段はとても静かな男だ。よくいっしょにお酒を飲むが、おしゃべりなぼくが一方的にまくしたてて、彼は相槌を打つという状態がほとんど。

大杉さんがおしゃべりだというのはあまりイメージしていなかったんですが、この本を読んでいるとかなり遊び心満載の人であることが嫌というほどわかります。無口なトモロヲさんと、マシンガントークの漣さん。ぜひとも見てみたいツーショットです。


この本を通じて見えてくる大杉さんは、とにかくパワフルで、しかも役者馬鹿なんだと思います。仕事を選ぶこともなく、面白いと思った作品はどんなに忙しくても出演する。過労で2度ダウンしたことも書かれていますが、すぐに復活してまわりに迷惑をかけないようにする。ほんとに、好きなことをトコトンやり続けているという感じです。


自分も同じことができるかと言われたら、そこまで無茶な生活はできないとハナから白旗あげてしまいますが、それでも少しは近づけるように、どんなに仕事が忙しくても、多少はムチャしてそんな生活を続けてみて、結果として自分のキャパシティが広がっているといいなあ、と思いました。


現場者―300の顔をもつ男

現場者―300の顔をもつ男